4. 電話(抜粋)

(2003年に通算20年以上生活したスペインから日本に帰国。翌年ホームページで発表した『フラッシュバック・スペイン』の一部です。) 

 80年頃のマドリッドの公衆電話は壊れてるのが多かった。留学生の間では、どこそこにある公衆電話では5ペセタでいつまででも日本と話してられる、というような話も伝聞されたけど、まあ大半の場合はコインを入れてもかからない、かかったと思ったらすぐ切れてしまう、というような故障だった。留学生が住んでるペンションや下宿屋の類では電話料のトラブルを避けるために、外からの電話を受ける電話機はあっても、中からはかけられないようなシステムや規則になってるところが多く、かける時は公衆電話からになる。一般の人もよく公衆電話を使った。携帯電話なんかなかった時代。受話器を取るとすぐ切れてしまう電話は、あ、公衆からかけてるな、というのが常識だった。

 86年、会社勤めを始めて1年、電話のついてなかった新しい貸家に自分で電話を引くことにした。加入料の他に、外国人だからということで1万数千の保証金を預けなくてはいけなかった。テレフォニカ、つまりスペインの電電公社は、外国人が国際電話をいっぱいかけて、その料金を踏み倒して帰国してしまう、というのを心配してたわけです。

 当時の電話新設申し込みはウェイティング・リスト制…回線数が需要の増加に追いついておらず、申し込んでから電話が引かれるまでに少々日にちがかかった。どれくらい待ったかは忘れてしまったので、少なくともマドリッドではそれほどメチャクチャではなかったのだと思う。
 スペイン・テレフォニカは回線増設に邁進した結果、数年後に電話番号の割当てを調整しなきゃならなくなったみたい。家に来た手紙を読むと、皆様のご要望にお答えすべく常に努力を続けている我々は(…というような前置きがあった気がする)、この度サービス改善の一環としてカクカクシカジカ、ウンヌンカンヌン、つきましては貴方の電話番号を替えざるを得なくなりました、新しい番号は○○○の○○○○、追って確認のお手紙を差し上げます…という予告通知だった。

 新しい電話番号を友達や日本の家族にも連絡して待機してたのに、実際の番号変更は予告より2・3ヶ月遅れた。でもまあ、この程度の遅れなら予想できる範囲です、その頃のスペインなら。予想だにしなかったことはそれから更に1・2年も経った頃に発覚した。

 留学時代からのスペイン人の友達、例のゴミ談義をした女性の家に電話したら外出中だった。電話に出た家族に「帰ってきたら電話をくれるよう」伝言して暫く、彼女からコール・バックがあった。ひとしきりお喋りを楽しんで電話を切ったあと、5分も経たない内に又彼女から電話がかかって来た。曰く、「ねえ、あなたの電話番号って何番?」「何番って今かけてるじゃない、○○○の○○○○」「そうだよねえ!」「???」「いや実はさ、さっき電話かけてた時に彼が見てて…」
 お前一体何番にかけたんだ? と聞いたそうだ。彼女は訝りながらも「○○○の○○○○」だと答え、私から電話があったって言ったじゃないかと言った。すると彼は「彼女の電話は×××の××××だろうが?」と答えた。そこで彼女は「何を寝ぼけたこと言ってるの、彼女の電話は○○○の○○○○」だと言い、すると彼は、バカ言え、彼女の電話は×××の××××だぞと答え…バカはそっちじゃないの? 私はいつも○○○の○○○○にかけて、ちゃんと彼女が出るよ、ウソつけ、俺はいつも×××の××××にかけて、ちゃんと彼女が出るぜ…
 筆者の電話番号を巡って夫婦喧嘩になり、最後に彼女は、彼の言う電話番号、つまり×××の××××でもう一度かけてみたら、ちゃんと私が出た、というわけなのである。大笑い。……でもどーゆーこと???????

 ふたりで出した結論は次のようなものだった。
 電話番号が変更された時、その作業手順の概要や割り当てられる電話番号は活字で印刷されていただろう、と思う。でも最終的な番号の切り替え、新番号の割当てプロセスのどこかに技術者が手作業でやらなくてはいけないことがあって、その個々の作業手順書みたいなもの、或いは誰かの覚書メモのようなものに、「割り当てるべき新番号」が手書きで書かれていたに違いない。一方友達は筆者から連絡を受けた時、新しい電話番号をやはり手書きでメモした。スペイン人の手書き数字は、例えば1と7とか、4と9とか、見ようによってはどっちにも見える数字があるのです。勿論書き手にもよりますが。
 で友達の伴侶と電話局の技術者は、筆者の新しい電話番号を同じように勘違いしちゃったんですね、きっと。更にこういうプロセスは間違いがあっちゃあいけないので、電話局でも念には念を入れて何人かでチェックしたのだ…と思う。想像ですけど。それでその内の誰かは「正しい番号」を割当てた、のだ。

 そのまま放っておいて、ふたつの電話番号がある電話ってのを楽しんでも良かったのだが、万一電話料とかが重複してたりしたら困る、という事になった。翌日電話局に問い合わせの電話をかけて、事の次第を受付担当者に理解させるのにひと苦労。実はですね……たってまあ、信じられないよねえ、普通は。でも最後には筆者の言ったことを理解したオペレーターは、調べて善処します、みたいなことを言ったんだっけか? それで調べてみたらやっぱり、○○○の○○○○と×××の××××の両方の番号が、うちの電話にはアサインされていたそうです。それで×××の××××の方が削除されて一件落着とはなりました。

(後略)