Pastores の写真

古い写真の中から、スペインの羊飼いや山羊飼いを数枚。

最初は「アンダルシアの山羊飼い」にも載せた1981年頃の写真

この時一緒に旅行したイタリア人の友達ルイサとは、その後も関係が続き、1990年のセマナ・サンタ(イースター)に合わせて、スペインを再訪した彼女と一緒に、バジャドリッドと北カスティージャ地方を旅行した時の写真から

名前も知らない、人っこひとり居ないように見えた寒村で、突然前方から羊の群れがやって来た。
夕方放牧地から帰って来たと思われる羊飼いの親子にカメラを向けると、父親は「化粧してないぜー(No vamos maquillados, eh?)」と冗談を言って笑った。

ルイサが運転していたレンタカーはあっという間に羊達に囲まれてしまい

そして彼らはあっという間に通り過ぎて、多分畜舎のあった方に消えて行った。

最後は1996年、両親と旅行したガリシア地方での写真

夕方着いた宿舎の周りを日が暮れる前にひと回りしていて、偶然見かけた光景。
写真左端に見えるのはシェパードのような牧羊犬と思われる。

こんな風景はもう見られないかもしれないので、記録の為に載せました。

意訳? 直訳? 翻訳? 通訳?

大谷選手の通訳が違法賭博疑惑で解雇されて、代わりの通訳が付いて記者会見してから、ネットでは前の通訳は意訳が多かったけど、代わりの通訳は直訳でちゃんとメモを取ってるとか、いやそもそも通訳というのは interpreters だから意訳するもの、それに対し直訳は翻訳、つまり translates がするものだとか、結構色んな記事やコメントが飛び交ってましたが、大半はの方は多分、通訳した事も、そしてされた事もないのではないでしょうか?

個人的には、そもそも文法や起源の異なる言語を完全に訳すという事など、たとえ時間をかけた翻訳であっても不可能なのだと思う。
何故なら、 例えば「like = 好き」と思ってる人は多いでしょうけど、英語の「like」は動詞、日本語の「好き」は実は「好きだ」という形容動詞、概念も主語も実は同じじゃない。(ここでは省略しますが、その辺の事に興味のある方は、リンク先の『象は鼻が長い』をご参照下さい。)

昔どこかで読んだけど、世界中の言語全てに共通する単語というのは実は百幾つしかないとか。
例えば「目」というような体の基本的な部分を指す言葉でも、言語によって瞳を指したり、もっと広い概念を指したり…というような話だった気がするけど、その辺はちょっとうろ覚え。

つまり、元の言葉の語感や概念を完全に伝える100%の訳なんて、あり得ないのでは?と思う。

ついでに言うと、通訳というのは語学が出来ると思ってる人は多いと思うけど、語学力が素晴らしい人でも通訳ができるとは限らない。
通訳に必要な能力というのは、語彙力や記憶力と思ってる人も多いかもしれないけれど、元通訳の個人的感想としては、それより大事なのは集中力や瞬発力みたいなもの。
何故なら、仮に自分の知らない分野の、興味もないような内容でも、集中して聞き続けなくてはいけないから。

今回の件に限らず、ネットニュースの記事を色々読んでると、最近の記者と呼ばれる人たちは、日本語から日本語でも、かなり意訳してるんじゃないかと思うけど…

 

リサイズ

あれこれ考えがまとまらず、放ったらかしにしていたブログ。
せめて以前書いた記事で気になっていた、やたら大きい画像だけでも何とか修正して置こうと、写真をリサイズしてアップロード。

前のブログではアップロードした後、画像サイズや位置を編集できたのに、はてなブログではそのやり方が分からず、そのまま放置していたのだ。

やってみたら、アップロード時にもサイズを選べる事を発見。
なんだ、ここでサイズ指定すれば良かったのか…でもアップロード後は修正できない?
そして不要になったバカでかい写真を(ライブラリから)除去するメニューも今のところ見つからない。

とりあえず修正終わりました。
写真の少ないブログで助かったよ。

余談ながら、最近のスマホ写真は解像度が高すぎて、無駄にサイズが大きいので困る。

古い記事の写真を入れ替えて更新というのを数回やったら、ブログ訪問者が一気にアップ。
新着記事と思って来て下さった方、すみません。