いのち

2,3年前に偶然一部を見たアニマル・プラネットの番組で、恐らくマレー半島と思われる地域の生態系の頂点に居たと思われる雌虎の最後が描かれていた。
生態系の頂点というのは、つまり天敵が居ないという事。
それがどういう風に最後を迎えるかというと、飢え死になのです。
獲物を捉えようとしても目が見えなくなり、それでも何とか捕まえた獲物を仕留めるための牙もなくなっている、最後は痩せ衰えた体を横たえて死を待つ、その姿をじっと見守る自然保護の担当者達?とカメラ…

それを見て思ったのは、いのちというのは本来そういうもの、人が手を加えるべきではない厳粛なものではないのか?という事。

というのも、人間=現生人類も言ってみれば「天敵」がいない種で、その誕生以来、途中戦争や災害で消えて行った命や文明もあったとしても、総数で言えば地球上に増え続けて来た存在だと思うのです。

そして環境を破壊し、野生動物や他の生命の存続をも危うくしながら、どんどん高齢化している。

目が見えなくなったら白内障の手術をし、歯が抜けたら入れ歯やインプラントで補う。
そうやって、特に先進国の平均寿命はどんどん長くなる。
一方で生まれる子供の数は減って高齢化社会…更には人口減少…

ところが、未だに飢えや栄養失調に苦しんでいる国もあって、そういう国では折角生まれた子供たちが亡くなって行く。

高齢者の医療費等を、少子化社会でどうやって支えるのかという論議がある一方で、人類の寿命をより長くする、そういう先進医療技術が脚光を浴びてノーベル賞を取ったり、そこまでの技術ではなくても、巷には高齢者向けの医薬品やサプリが溢れている。
人生100年時代と言われて、老後をいかに元気に過ごすかと言われると尤もな気がするけど、元気な高齢者を増やす前に、元気な子供や若者を増やした方がいいんでない?

人類はどこか、進む方向を間違えているのではないか?

少し話が逸れますが、

小学校高学年、正確には1940年代の初め頃、不飽和脂肪酸よりも飽和脂肪酸の方が良いから肉を食べようと教わった。
(これは肉食を推進する国の政策?のようなものがあったのかもしれません。)
でも今の常識は「不飽和脂肪酸の方が体にいいから魚を食べましょう」ですよね?

血圧は年齢プラス90と言われていたのが、今は一律130を超えたら高血圧?

その結果、投薬や保険指導という名目で医療にかかる費用が増える。

更には、「血圧を下げる」だの「血糖値を改善する」だのというサプリその他が氾濫して、高齢者の不安を煽る。

一方で、「持病があっても入れます」という保険のCMも氾濫しているけど、保険ってそもそも、保険会社は絶対損をしないように設計されてるもんでしょ?
という事は、ここでいう「持病」って何なんだ??

…という風に考えて来ると、高齢者の医療費が日本の健康保険制度を圧迫しているというより、むしろ高齢者は医療や製薬業界、そして保険業界、その他諸々の健康食品やサプリ業界のいい餌食になってるのでは?と思えて来る。

それに、健康の基準が数十年でこんなに変わってしまったという事は、数十年先には又一変してたりしない?

というのも、自然や生命の本質について、現代人に分かっている事は未だほんの一部で、分かってない事の方が圧倒的に多いのではないか? と思うからです。

日本では昨今熊が増えすぎて人に危害を加えるようになったので、今までの「保護」政策から「維持」政策に見直すというニュースが先日あったけれど、それもハンターの高齢化などで、そう簡単な話ではないらしい。

そもそも熊が増えたり人里に出てきたりするのは、里山の衰退とか農村部の過疎化にも原因があると言われてたのが、最近では都市部でも目撃情報が増えている。

熊だけでなく、イノシシや猿、鹿といった他の野生動物も増えているらしい?

専門家は色んな解説をしてくれるけど、要は過疎化だとか少子高齢化だとか、自分たち人間の頭数管理も出来てないのに、自然や野生動物の保護管理??

冒頭に書いた野生の虎の最後は、いのちというものは本来こういう厳粛なもので、人が迂闊に手を加えてはいけないと感じさせるものだった。

まあ目や歯は大事にしたいと思う一方で、薬漬けになったり延命装置に繋がれて長生きはしたくないと思う。
歯や目がダメになる頃には、長く苦しむ事なく、尊厳ある最後を迎えるというのが、まあ理想というか、夢であります。

失われた世代の選択?(書き足し)

(2026年3月9日: タイトル及び追記を書き足し、タグを追加しました。)

先の東京オリンピックの前に池上彰という人が書いていた事が妙に納得がいって、記事を書こうと思っていたのに書かずじまい。
思いついて、一体どういう人なんだろうと検索してみたら、同年代も同年代、同じ学年だったと分かって更に納得。

それはどういう学年だったかというと、

先ず生まれたのは戦後のベビーブームが一段落した1950年。
小学校の一年上は1学年6クラスだったのが4クラスになった年で、ちなみに5歳下の妹が小学校に上がった時は更に減って3クラスというハザマ世代。

中学時代には、「(競争の激しかったベビーブーム世代と比較して)あなた達はのんびりしている」と言われ続けた。
(正規の宿題やテストの他に、各自家で自習できるようなドリルが用意されていたのが、毎日余って残ってる、去年までは生徒の方からもっと出してくれと言われたのに…というような事です。)

前の東京オリンピックがあったのは、この中学生の時で、運動会の時だったか、音楽の先生が指導する吹奏楽部がオリンピックのファンファーレを吹いた。
新幹線の東京ー大阪が開通したのも、この中学生時代。

そして大学受験の年に東大の安田講堂事件が起こって、その東大が入試を中止した為、東大を目指して勉強していた現役の高校生だけでなく、既に一浪、二浪していた受験生(つまり、ひとつ前のベビーブーム世代)が他の大学に流れて来る、今年の受験はどうなるか分からないと言われ…

元より受験戦争や学歴偏重社会には疑問を感じていて、自分は別に大学進学しなくてもいいやと思ってたので、それは余り気にならなかったのだけど、結局入った大学では早々にロックアウトで授業がなくなった。

で結局大学卒業して、就職した時の初任給は手取り5万行けばいい方。
週休はかろうじて隔週2日だったけど、土曜日も働くのが当たり前のところも多く残っていたと思う。

冒頭の話に戻って、東京オリンピックの前の池上さんの話のどこにそんなに納得したかというと、

今は日本人はマナーが良くて綺麗好きというような感覚の人が多いけど、昔からそうだった訳ではない、前の(1964年の)オリンピック以前の日本は街や電車(汽車)も汚かったし、マナーだってそんなに良くなかった…というような事を書かれていたから。

四国の田舎の工場町では、そこに書かれていたような街の清掃の記憶はないけれど、戦前に建てられた社宅は瓦屋根に土壁、そして広い庭もある立派なものだったが、夜になると天井裏をネズミが走る音が聞こえ、雨の日は雨漏りがした。
夏の海水浴では、海の家でお昼に食べる素うどんー当時5円くらい?ーがおいしかったが、残り少なくなってくると時々汁に1センチ弱位の小さい虫が浮かんでいる。
粉に混じっていた虫がそのままうどんに捏ねられて、それが茹でられると出て来るのです。
気が付かずに食べちゃっても大丈夫と言われたけど、それは嫌なので、毎回注意しながら食べたもんです。

もうひとつ、1964年の東京オリンピックに関するニュースで印象に残っているのは、バキュームカーの話。
当時は田舎では勿論、東京でも水栓トイレなんて普及してなかったらしく、オリンピックの開催中にバキュームカーが悪臭を放ちながら作業するところを外国から来る人に見られたら恥ずかしいというので、オリンピック会場の近辺では直前に作業して、ギリギリ期間中は回らないようにするというのがニュースになったのです。

ちなみに、その後東京に引っ越した我が家にガス湯沸かし器が付いたのはもっと後で、冬の洗顔や食器洗いはやかんでお湯を沸かして、それを水道水と混ぜてやったもんです。

時代が後先するけど、もう少し補足すると、大阪に住んでいた幼児期の写真には、母が進駐軍のバザーで買ったというサマードレスを着た自分が写っている。
つまり生まれた頃の日本は未だ敗戦国で、進駐軍が駐留してたのです。
そして小学校の授業では、「日本製は安かろう、悪かろうと言われる」と教わり、給食には戦勝国アメリカからの援助物資だったらしい脱脂粉乳…

そんな日本が「先進国」の仲間入りをしたのはいつ頃なのかというと、1970年代?
そして1990年代には「失われた最初の10年」に突入してしまう訳で、つまり日本が先進国、或いは「経済大国」だったのって、前にもどこかで書いたけど(2024年6月『格差社会』)、たかだか20年くらいの事なのですよ。

解散総選挙で自民党が圧勝したのは、強く豊かな日本を取り戻すと訴えた高市氏への期待値(実施された政策に対する評価ではなく)、特に比較的若い世代ー50代まで?ーの支持が大きかったようですが、それってつまり、日本経済の停滞が始まってから生まれた人たちと、生まれたのはそれより早かったかもしれないけれど、子供時代に失われた10年が始まって、社会に出て働く頃には、それが20年〜30年になろうとしていた人たち?

かつて日本のGNPを押し上げて、経済大国と言われるところまで持って行った人たち=私たちの親世代は、決して、強く豊かな日本を取り戻すなんていう綺麗事で頑張ったわけではないと思う。
そうではなく、敗戦国、民主主義の後進国という劣等感から出発して、猛烈社員と言われながら必死で働いて日本の経済成長に貢献し、それでも「日本人はウサギ小屋に住んでいる」と、世界からは言われたのですよ…

しつこいようですが、日本が曲がりなりにも先進国と呼ばれ得たのは高々20年余りで、それも経済面だけだったのでは?


……

………

追記: うまい結びの言葉を思いつかず「………」で終わってた記事ですが、最近の高市氏のカタログギフト配布に関する発言で思い至った事があるので、以下書き足します。

カタログギフトを配った事について「(私には)昭和の中小企業のオヤジみたいなところがあって…」と弁明した高市氏ですが、これを聞いて先ず思ったのは、「昭和の中小企業のオヤジに失礼じゃない?」という事。
というか昭和のオヤジ全般に対して失礼じゃない?

というところから始まって、

でも昭和って、「昭和の」と一括りするには、かなり長い期間なのではないか?
先ず戦前と戦後では全然違うし、戦後も先に書いたように、敗戦後の復興期、経済成長期、バブル、そしてバブル崩壊から失われたン十年へと、大きく分けても4つの異なる世代がある。

高市氏の「昭和」のイメージというのは、もしかすると本人が成人して社会人となったバブル期のものなのではないか?
(世界の真ん中で咲き誇る日本…なんて、正に「お花畑」じゃないですか?)

働いて、働いて、働いて、働いて、働いて戦後の復興期や経済成長期を支えた人の多くはもうこの世に残っていない。
それを身近に見て育った段階の世代も、後期高齢者。

数年後に今回の選挙結果を見届けるのは、どういう世代になるのか?

スペイン人の苗字

スペイン人には苗字がふたつある。
最初の苗字は父から、二番目の苗字は母から受け継ぐもので、つまりお父さんの最初の苗字が子供も最初の苗字、お母さんの最初の苗字が子供の二番目の苗字になるのである。(分かる?)

要は最初から夫婦別姓で、結婚したからって、夫婦どちらも苗字は変わらないのだ。

そういうのを普通に見聞きして来たので、今日本社会で夫婦別姓がどうの、旧姓使用がどうのって騒いでいる理由がよく分からない・・というか、なんでこんなに些細な事で騒ぐのか?って感じです。
特に、夫婦別姓を認めたら日本人の家族関係の基盤が崩れるみたいな事を言ってる人たちって、明治初期までは日本人の大半は苗字を持ってなかったという事をどう考えているのか?
それ以前の日本の家族には家族意識がなかったとでも?
むしろ、核家族化が進んだ現代より家族のまとまりがあったんじゃないかと思うんだけど。

それとも夫婦別姓に反対する人たちは皆んな、江戸時代から続く苗字を持ってたりするんですかね?

ちなみに父は生前、自分の先祖は町人だったけど苗字帯刀を許されていたらしいとか自慢してたけど、亡くなった後戸籍を取寄せて調べたら、父の父、その又父(つまり祖父)も養子で、この祖父に至っては40歳くらいにもなって、既に自分の家族を別の土地で作った後で養子縁組をしてるので、どういう事情があったのかは分からないけれど、苗字で家族の絆が作られたとは思えない。
更に「苗字帯刀を許されていた」という苗字の由来は、どこを探しても見つからなかった。

母の方はご先祖様の系譜がかなり分かっていて、特に母の祖父の兄弟達は結構な足跡を日本の近代経済に残したようなのだけど、その長兄というのが、長男なのに他の家の養子になって苗字が変わっている。
だからと言って弟達と縁が切れた訳ではなく、逆に同じ仕事を兄弟でしていたようなのだ。

そんなこんなで、夫婦別姓に反対する人たちの、その反対理由はどうもよく分からないと思うのであります。

ところでスペイン人の場合、非嫡子、つまり父親の居ない子供たちの苗字はどうなるのかというと、これは母親のふたつの苗字をそのまま受け継ぐようです。

そういえば中学の同級生で、親が再婚して、兄弟3人みんな苗字が違うのって言ってた女子がいたっけと思い出す。
それぞれが結婚して姓が変わったりしてると、更に混乱しそうではあります。