2. ヨーロッパの田舎(抜粋)

(2003年に通算20年以上生活したスペインから日本に帰国。翌年ホームページで発表した『フラッシュバック・スペイン』の一部です。) 

 ヨーロッパの中の劣等生と書いたけど、スペインはヨーロッパの田舎…だった。
 1980年、初めてスペインに行った時には、明らかに日本の方が進んでいると思った。その頃のスペインは、未だフランコ独裁時代の影があちこちに感じられる国だった。ついこの間まで世界経済から切り離されていた国の物価は安く、食材は豊富、気候が良くて住宅事情や観光事情も悪くない。だからヨーロッパの他の国の人たちが休暇や老後を楽しみに来る国。
 治安は他の欧米諸国に比べて格段にいいと言われていたけど、豊富で安い食材に比べて二次加工製品は高くて少ない。日用品のデザインや種類は極めて少なく、決まりきったものしかなかった。
 当時、安い家具付きの貸家に備え付けてある鍋や食器類は、まるで家主同志で申し合わせたかのように、どの家もみな同じデザインだった。ファッションや化粧品などのブランドものもあったけれど、同じヨーロッパの製品でも大半のスペイン人には高嶺の花。スペイン滞在の先輩達には、「ストッキングや下着は日本から持って行った方がいい」と口を揃えて言われたものだ。家電類は一般に高く、日本から持って行ったラジカセやバカチョン・カメラが、スペインの若い友人達の注目を引いた…

(中略)

 20年以上もそんな国に住んでたんだから、これは浦島太郎みたいなもんですね…と思いながら帰って来たら、20年後の日本の社会は、逆にどっか遅れてるような感じがする。
 そりゃあスペインだってこの20年間進化して来たんだけど、でも、その間日本だって進化して来た筈でしょ? それがどうして日本の方が遅れて、或いは「負けて」見えるのか?

 スペインの市場に変化が現れ始めたのは。ECに加入してからだ。フランコの死後、民主政治が始まってから約10年、そして社会党政権が誕生してから数年が経過していた。決まりきったものしかなかった生活用品や台所用品の種類が増え、デザインが変わってきた。他のヨーロッパ諸国から入ってくる製品だけではない。スペインのメーカーもデザインを変え始めたのだ。
 スペインがECに加入するためには、自らその生産量に枷をはめなくてはいけない産業があった。その犠牲となって職を失った人も少なからず居たと思う。スペインの政権はやがて右派に交代し、ECはやがてEUとなり、ヨーロッパの一員になろうとするスペインの歩みは、社会の様々なところで続けられた。ヨーロッパから入って来た製品や企業の影響を受けて、淘汰され消えてしまった国内企業もあっただろう。昔ながらの家族経営の個人商店が消えて行って、フランチャイズやチェーン店が増えていった。でも海外の企業と組んで、或いは自らの能力を高めて競争に勝ち残ったスペイン企業だってあった、わけですよ。フランチャイズを選んで、或いは独特の工夫を凝らして今も営業を続けている個人商店だってあるように……スペインもスペイン人も生き残ったんだ。

 統一通貨ユーロの流通が秒読み段階に入る頃には、そういったヨーロッパ系企業も外国企業という感じがしなくなってきた。フランス系のハイパーマーケット、イギリス系の保険会社、オランダ系の銀行…これらはみな、筆者が普段普通に利用してたとこです。それだけ生活の身近なところに「ヨーロッパ」が感じられるようになっていたということだ。

 今のスペインでは、ヨーロッパのブランド品もデザインのすぐれた日用品も、一般の人の手に届くところにある。化粧品売り場にも家電売り場にも世界中の品物が並んでいる。製品の説明書が10カ国語ぐらいで書かれていることも珍しくない。公共サービスが民間に移行したり、通信のように今までモノポリーだったものが自由化されて、競争が増えた。
 そう、経済が開かれて、スペイン人は「選べる」ようになったのだ。治安は昔より悪くなり、物価は高くなったけど…

 スペインがフランコの独裁体制から抜け出して、ECに入って、それがEUに移行してという、いわば「進歩」のプロセスを辿っている間に、日本ではバブルが崩壊して景気「後退」…
 単純に考えれば、それが立場が「逆転」したように見える理由なのかもしれない。でもそうではないと思う。何故ならスペインだって不況、だからだ。どこの会社でもリストラの話ばっかり! 「失業率」に関してはスペインの方が先輩なのだ。

 スペインの家電類はこの20年で確実に安くなった。価格もデザインも国籍も、ピンからキリまで様々な製品が並んでいる。ディスカウント・ショップも現れた。若者達は自分専用のポータブルCDを持って歩いている。
 日本の家電は20年前に比べて安くなったのか? どんどん新しいものが出てくるので一概には言えないが、安くなってない、と思う。家電の市場価格に関しては、20年前に既に安くなっていた日本にスペインが追いついた、という感じだ。そしてデザインや種類では…日本が負けてる…気がする。

 現在のスペインの家電売り場では、スペインの国産メーカー、ヨーロッパ系、そしてアジア系と、世界中の製品が並んでいる。そういう売り場で、日本のメーカーの製品はどっか中途半端だ。一番安いわけじゃないし、一番デザインがシャレてるわけでもない。
 そして日本の家電売り場はというと、製品の豊富さとは裏腹に何か単一的でさびしい。殆どが日本のメーカー製でデザインも機能も似通っている。選びあぐねてしまう。モノは一杯あるのに、何だか本当に欲しいものが見つからない…
 スペインで使ってた「日本製品」が、何故日本にはないんだろう? 
 同じ日本のメーカーが、日本ではどうして、あのシンプルで使い易い電子レンジやソージ機を売ってくれないのか…
 ソージ機ならソージ、センタク機ならセンタク、単純にその目的を果たしてくれればいいのに、日本で売られてる製品は余計な機能が一杯ついてて、なんか、その余分な機能で競争してるみたい。いい物を安くしてくれりゃ買う、のにさ。

 ちなみに、筆者がスペインで実際に使ってた家電メーカーの国籍を並べると、スペイン、オランダ、フランス、日本、韓国、中国… とはいうものの、約18年前に初めて国産、つまりスペイン製のスチーム・アイロンを、小さな個人商店の「大安売り」で買った時は、さすがにちょっと心配したっけ。なんせ家電類が未だ高かった当時のスペインで1500円くらいの超特価だったから……これって大丈夫か、メーカー潰れちゃったんじゃないのか、スペインの家電なんてちゃんと動くんだろうかって。

 結局そのアイロンは15年以上使った。立派に使命を果たしたのち、最後は「爆発」して果てた! 
いや、粉々になって飛び散ったとか、そういうのではないの。いきなり「バンッ」て言ってアイロン台の上で跳ねて… そして家のブレーカーが落ちた! スペイン人の友達に話したら、よっく15年も使ってたなぁと呆れられたけど、直前までちゃんと使えてた。1500円の小家電の、見事な死に際ではありました。(後略)