コルドバの塔 と お婆さんの話(抜粋)

コルドバの大聖堂−メスキータ−には高い塔があって、中を階段で登れるようになっている。
上まで登るとコルドバが一望のもとに見下ろせる。
今ネットで検索してみたら、203段の階段という記述がひとつだけ見つかったが、
登ってみたという記録や写真は見つからない。

1980年代の後半、その階段の中程より上だったと思うが、お婆さんがひとり住んでいた。
黒ずくめの服を来た小さなお婆さん、当時80歳位にはなっていたと思う。
階段の途中にドアがあって、そのドアの向こうに小さな部屋があり、更に上に登るためには、そのお婆さんに通行料みたいなのを払わなくてはいけなかった。メスキータの入場料とは別である。
額は覚えていないけれど、10円とか50円とかのシンボリックな額です。
小部屋には安い絵葉書等も売っていた気がする。

「住んでいた」というのは、そのお婆さんが毎日あの階段を上り下りして通っていたとは思えないから勝手に想像しただけで、その部屋には寝るような場所はなかったし、他の部屋に通じているようなドアも見当たらなかった。
最初にスペイン人の友達と登った時、部屋には食べ物を煮炊きしたような匂いが漂っていた。
少なくとも昼ごはんはそこで作って食べていたんだと思う。
2年後ぐらいに日本から来た両親と登った時も、同じお婆さんが居た気がする。

黒ずくめの服というのは未亡人の装いで、80年代のスペインには未だ、夫が亡くなったら、その後は一生黒ずくめで過ごすというような習慣が残っていたのだ。
80年〜82年の留学時代には、首都マドリッドでも時々そういう老婦人を見かけた。

コルドバの塔のお婆さんは多分寡婦となって、塔に登る為の通行料?だの絵葉書の売り上げだので幾ばくかの収入を得られるように、教会か関連団体のようなものの計らいで考えられたシステムじゃなかったか…と、これ又勝手な想像です。

あのお婆さんがどういう暮らしをしていたのか、一体いつ頃からあの小部屋で通行料を取る仕事?をしていたのか、何も分からない。

あの小部屋と通行料のシステム、今はどうなってるのか、最近登った人がいれば、是非聞いてみたいもんです。

(以下は2018年8月7日の日記の抜粋です。)

コルドバの塔で書いたように、80年代のスペインでは未だ黒ずくめの服を着たお婆さんを見かける事が時々あった。
留学時代の後半を過ごした家の家主さんもそう…ルームメイトのスペイン人は、寡婦になったからって一生黒ずくめの服で過ごすなんて下らない、男は寡になったってそんな事しないのに!と言っていて、確かに黒ずくめのお爺さんというのは見た覚えがないけど、まあ平均的には女性の方が男性より長生きするので、寡婦の方が寡夫よりも多かったのかも?

或る日うちの近所を歩いていたら、そんな黒ずくめの小さいお婆さんが、道を渡ろうとしたところで横を通り過ぎた車に驚いてふらつきそうになった。
思わず手が出て、お婆さんの手を取ってこちらの歩道に引っ張り寄せた。
痩せて、どちらかというと貧しい身なりだったお婆さんは、体の割にはゴツい両手で私の手を握りしめて、ありがとう、ありがとうと言いながら、私の手にキスした。
何か宗教的な言葉や preciosa というような呼び方もしたかもしれない。

悪い気はしなかったけど…でも何となく、その手や唾が汚かった気がして、あとで手を洗ってしまったくらいで、特別な事をした訳ではない。
ちょっと困っている人を見かけて思わず手が出ただけ。
そういう普通の事が普通に出来て、そしてそれが普通に受け入れられれば、普通にいいんじゃないかと思うんだけど、それが日本では、どうも普通に行かない事が多いみたいな気がするのですね。

うちの近所、坂道と階段だらけで、高齢者は買い物に行くのも大変。
帰国して間もない頃、その階段道を重い荷物を持って、休み休み上がって来る高齢の女性が居て、思わず「持ちましょう」と言ったら、上品に断られた。
スペインだったら、たとえそんなに高齢でなくても、誰かが助けてくれるような場面。そしてその助けを断る人も居ないと思うのですが。

昔の日本では街で身障者を見かける事は余りなかったけれど、初めて行った頃のスペインでは障害のある人も街に出ていて、例えば車椅子の人が道を渡ろうとしていると、近くにいる人が自然に声をかけて一緒に渡る…というような風景が新鮮だった記憶がある。

最近の高齢社会では、思わず声をかけて助けたくなるような姿を見る事も多いのですが、これが日本では中々難しい。
そんな大袈裟な事じゃなくて、横断歩道でちょっと手を添えるとか、その程度の事でも断わられてしまいそうで躊躇ってしまう。

でも少し前に、遂に声をかけてしまいました。
近所のスーパーの前で、もう暑くなってるのに冬のダウンを着たお婆さんが、体の横に付けるタイプのカートを歩道に出そうとしているのが中々うまく行かずにいる。
路面が凸凹でスムーズに車輪が動かないのだ。
手前の少し平らな所まで出しましょうかと声をかけたら、やっぱり断わられた。
いえ、大丈夫です…

季節外れのダウンコート姿だったので、暑さ寒さが分からなくなってるのではと心配したけれど、その声は意外にしっかりしていて…

その後も何度か、同じ格好で見かけて気になっていたら、或る日それが普通のレインコートに体の前で押して歩くタイプのシルバーカートに変わっていて…
…という事は、少なくとも身近で誰か気にかけてくれる人がいるのだろうか??
でも危険な暑さが続く今年の夏、日中に道で立ち止まってしまっているのを見ると、どうしても気になる。

近所の知り合いや友達数人と話してみて分かったのは、みんなそのお婆さんを見かけていて、みんなやきもきしているという事。

どうすればいいんでしょうね………