ラグビーと多文化共生

ラグビー・ニッポンのワールド・カップでの活躍で、巷では多くの「にわかラグビーファン」が生まれているようだ。

「にわかファン」ではないけれど、薀蓄を垂れる程ではないし、そのつもりもない。
ただ昔からラグビーが好きだっただけの、言わば「只のラグビー・ファン」ですが…
でもまあ、1 トライ 1 ゴールが 3 + 3 = 6 点だった頃からラグビーを見ている人間としては、みんな、こんなに面白いスポーツに、なんで今まで気がつかなかったの? と威張りたい気持ちはちょっとある?

そんな只のラグビー・ファンにとっても、今回の日本チームの予選リーグでの試合は、前回ワールド・カップ南アフリカ戦と同じく、本当に素晴らしい闘いの連続だった。

でも昔はラグビーにワールド・カップなんてなかったよね? と思って調べたら、第1回大会は1987年でした。
スペインの日系企業に入って2年目、スペインでもラグビーはメジャー・スポーツじゃなかったから、ニュースにはならなかったのか?
スペインではオリンピックなんかでも、自国の選手が出ない競技はあまり放映されなし、全然知らなかったよ。

前回のワールド・カップを日本のテレビで見ていて、ラグビーは日本の中で最も国際化が進んでいる、言い換えれば排他的ではないスポーツなのではないかと感じた。

島国で鎖国の歴史もある日本社会でも、グローバル化、多様性などというキーワードが叫ばれるようになって大分経つ。
それでも日本人は、自身が気付いてないところでまだまだ排他的で、自分と異なるものや標準を外れたものを受け入れない傾向があると思う。
移民政策だって全然進んでないし。

それが、南アフリカに勝ったラグビー日本代表の中には外国出身選手がいっぱい居たじゃないですか!

代表チームへの外国出身選手の起用を進めたのが、かの平尾選手だったという事も、今回初めて知り、改めて「かっこ良かったなぁ」と想い出す。

今大会の決勝トーナメントの1戦で、日本がその南アフリカに負けた後、にわかラグビー・ファンと自称するライターが、ラグビーは「現代社会やネット社会で欠けている多くの事を学ばせてくれるような気がする」と書いているのが目についた。(KandaNewsNetwork より)

そう、今大会でラグビー日本代表が日本社会に与えてくれたものは、単に感動や勇気だけではない。

予選リーグにおける日本の闘いを見ていると、例えばひとつのトライが生まれる時、どちらにどういうパスを出すのか、それをどうトライに繋げるか、そのイメージを、選手達が直感的に抱いて、一瞬の内に共有しているように感じた。
これは並大抵の練習で培われるものではない。

小手先の技術や、その場凌ぎの屁理屈ではない、本物の努力の価値を、彼らは身をもって示してくれたと思う。

これって大袈裟に言うと、社会の価値観の変換じゃないですか?

そして、それに多くの日本人が感動したという事は、日本人の多くは、実はそういう価値観を心のどこかに持っていて、それが社会の中で優勢になる事を待ってるんじゃないですか?

本物の努力が評価され報われる社会。

ラグビー日本代表チームには菊池寛賞が授与されるそうだ。
受賞理由は「さまざまな国から来た選手たちが『ONE TEAM』となり、強豪国を破る姿は日本中に勇気を与えた」から。

そうそう、多文化共生というキーワードもあった。
でも真の「多文化共生」は、外国出身者が日本の文化を理解し、日本社会の価値観を尊重するだけでは成り立たないのです。
日本人も外国の文化を理解し、異なる価値観を受け入れなくてはいけない。

これは、ほぼ単一民族国家としての歴史が長い日本人にとって、そう簡単な事ではない気がする。
和洋折衷で双方の長所を取り入れるなんて言っても、実際は取り入れ易いところだけを取り入れてくっ付けただけ、中途半端で、ともすれば双方の欠点ばかりが目に付くようなシステムを作ってしまうような事が、日本社会では往々にして起きてる気がする。

けれどラグビーの日本代表チームは、その難しい多文化共生をやってのけてるように見える。

日本人は失敗しても「ドンマイ」でうやむやにしてしまう傾向があるけれど、ラグビー日本では、日本人選手も外国出身選手と同じく、徹底的に自己反省する姿勢を求められたそうだ。(色々読み過ぎて、どこかに書いてあったか忘れました…)

南ア戦が終わった後のテレビ番組でだったか、リーチ主将が「メッセージには一貫性がないといけない」と言ってた。
この言葉、日本のスポーツ界だけでなく、産業や教育、全ての分野のトップに聞かせたい…(ちょっと飛躍し過ぎた気もするけど、メッセージに一貫性がないリーダーの下で悩んだ経験のある人には分かると思うので、説明省略)

そうか、日本に本物の多文化共生社会が生まれる為には、リーチのような外国人リーダーが生まれなくてはいけないのか?
いや、その前に、外国出身選手を日本代表に呼び入れた平尾選手のような日本人が必要なのか?

決勝リーグで日本は南アに負けてしまったけれど、その南アのチームにも、今回初めて黒人のキャプテンが生まれていた。
ラグビーというスポーツ自体に、他のスポーツとは異なる寛容性のようなものがあるのか?

予選リーグ最後の対スコットランド戦では、トライのひとつひとつ、そして全てのプレーが美しかった。
この試合は、今大会のベスト・マッチじゃないだろうか?
全試合を見た訳ではないけれど、こんな凄い試合は滅多にないと思う、只のラグビー・ファンの意見です。

そして、今大会での日本チームの活躍と、それに伴う社会の盛り上がり、これはもしかしたら、閉鎖的で不寛容な面もある日本社会に、スポーツでひとつの風穴を開けた出来事だった…というような評価を、将来されるんじゃないだろうか? ? などと思いつつ…

…どうか社会の価値観の変換や多文化共生の芽が、ラグビー・ロスと共に消えてしまいませんように…